わが国では明治の7年まで、月の動きを暦の基準とした太陰暦(旧暦)が使用
されていました。
当時の閏年は現在の366日計算ではなく、
何年かに一度平常の年よりも1ヶ月多い13ヶ月間としたため、節約の習慣が生れました。
江戸時代の武士などの給金はほとんど年額で支払われていましたから、
閏年は同じ年額給金で一ヵ月間多く生活しなければなりませんでした。
このため、藩主は家臣に余分な出費を極力おさえるようにさせたと言われています。
下記でご説明致しますが、仏壇を新調することを見合わせるようにと
禁止令を出した大名もあったようです。
この制約は、やがて本来の意味が忘れられ、形式だけが残されて
「閏年に墓や仏壇を新調すると悪いことが起こる」などと、
本来の意味を無くして伝えられてきました。
これが今に伝わって、うるう年(閏年)には法事をしてはいけないとか、
仏壇は買うべきでないとか、墓石は建てない、などとする言伝え(迷信)
と変わってきたというわけです。
結論としては、新暦を採用している現在では、全く意味の無い事だと言えるでしょう。
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